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このページは高知県の「香り米産地と消費地」について説明しています


高知県と香り米
(概要)

歴史的にキーとなった人物が多く、自然の風景と重なり合いロマンを抱かせる県です。
その自然は四万十川、四万十川周辺山野に代表される貴重な状態で残っており、
深い山々を表すように山林地の占有率の高さと農地の占有率の低さはともに日本一です。

香り米の国内最大の生産地であり、消費地の高知県で香り米は
山間農地で栽培され、高知県の中部、西部で消費されています。

高知県と香り米農地
(山間農地)

米に山河に働く民の香りあり

国内で代表的な香り米「ヒエリ」は高知県の在来種で、この地で長年栽培されていた稲です。
山間農地での生産性が高く、「ヒエリ」を親とした品種も品種改良で生まれている事から
品種としても優れた稲だとわかります。
現在でも山間農地で特徴的な農業を行えるこの地域は、
農地を含めた開発が遅れた地域ということもできます。
開発が遅れた理由は幾つかあるでしょうが、多分に山深さ故の便の悪さが挙げられます。

この地理的条件が香り米という食習慣の地域性に影響を及ぼしています。
山間農地の農業が発達した地域に、山間地域で生産できる優れた品種が存在し
地理的に開発が遅れ山間農地、農村が多く残ったことが現在の香り米に繋がっています。

高知県の香り米地帯
(地域性)

香りに土佐の歴史あり

県内消費地では日常的に使用されている香り米も、県東部ではその食習慣はほとんどありません。
高知県に残る地名や郡の境界は1475年に下向してきた一条教房が土佐一条家を起こした後、土佐国の国人「土佐7豪族」が現れるころ、戦国時代よりも以前の時代に既に出来上がっていました(地名の由来については律令以前から都佐や波多の国及び七郡がありました)。
香り米の食習慣の境界は、高知県東部と中部の間にありますが、歴史的にこの境界は7世紀の都佐国造と波多国造の領域を合わせて土佐国ができたころの土佐国の勢力領域境界と重なります。

高知県ならではの「地域への思いの強さ」や「親戚の結びつきの強さ」などに見られる地域性は、
「食習慣がある地域とない地域の理由」や「今なお香り米の食習慣が色濃く残っている理由」として
その地域で生きる上で必要な条件であるようにも思えてきます。

高知県の香り米!

分からないから食べてみました。でも、やっぱり分からないんです。
なのに少し分かったような気もするのです。


人々が取り入れるもの、スポイルするものを選択しながら変化をする時代のなかで
今なお食べつづけられている「香り米」は、その魅力を感じて見たいモノのひとつです。

高知県で作られ食べられている。山間農地が残っている・・・・。
土佐で香り米が作れる理由はありますが、普通の米ではなく香り米が食べたいという
理由は見つかりません。いろいろ書きましたが結局、一番説得力があるのはインタビューで
答えてくださった「香り米自体をおいしいと感じるのです」という言葉なのだと思います。


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